研究内容

薬品分析学は、薬学研究の基盤となる分野であり、物理化学、有機化学、生物化学のみならず臨床系薬学に置いても重要な学問です。わたしたちの研究室は最先端分析技術の開発とその応用研究を推進しています。具体的には、わが国の国策として推進されている分子イメージング研究に資する先端計測技術開発や分子イメージングのための新規医薬品候補物質探索や創薬(がん、糖尿病などの生活習慣病診断・治療薬、再生移植医療モニタリング薬など)に取り組んでいます。また、分析化学を基盤とした微量元素高感度分析機器開発、医薬品開発、金属の関与する生体反応や輸送機構の分子生物学的研究(メタロミクス)などの研究を展開しています。

1.分子イメージングプローブの開発研究とGREI開発

生体分子のふるまいは、一時として同じ状態であることはなく、リアルタイムの生命現象を見ることは生命科学の重要な情報収集です。このような現象を可視化する技術が分子イメージング技術です。分析化学とは“見えないものを見える形にする(あるいは数値化する)”学問ですが、分子イメージング技術はまさに、分析化学の範疇に属しているLive Scienceであり、この研究室の重要なテーマです。

昨今、欧米やわが国においても、ポジトロン断層撮影(PET)や単一光子放射断層撮影(SPECT)を中心とした分子イメージング研究の重要性が注目されています。これらの手法は目的の化合物(ナノ粒子・ペプチド・タンパク質など)を放射性核種で標識することで、動物やヒトでの生体内挙動を、高感度に生きたままで観察できます。ポストゲノム時代の主要テーマは、生体内における分子機能を探索する研究に主眼がおかれていますが、このような分子イメージング技術を駆使することで科学的根拠に基盤を置いた医療(Evidence based medicine)が実現可能になります。分子イメージング技術の応用により、あらゆる疾患の早期診断や個別化医療、さらには創薬プロセスの迅速化・低コスト化の実現が期待されています。

また、生体の機能は、さまざまな機能タンパク質や生理活性物質の単独の振る舞いによりなされるものではなく、複数の分子や物質の相互作用によって成り立ち、恒常性を保持しています。わたしたちは新しい分子イメージングツール「複数分子同時イメージング装置GREI(Gamma-Ray Emission Imaging)」を理化学研究所分子イメージング科学研究センターと共同で開発しました。この装置は広範なγ線エネルギーを検出できるため、あらゆる放射性元素の生体内挙動を視覚的に捉えることができます。生体内の複数の分子から成る様々な反応のリアルタイムイメージングのもたらす革新は計り知れないものがあります。現在はこの装置の臨床応用を目指して高度化を行いながら、同時にPETなど既存の画像診断装置を用いて分子イメージング技術の発展に貢献する要素技術、および新規イメージング薬剤の開発を並行して行っています。また、東日本大震災の福島原発事故により放射性物質の環境中への放出が問題となっていますが、放射線被曝を低減化するための医薬品や機能性食品の研究や環境中に放出された放射線物質や汚染状態、廃棄物の環境モニタリングとイメージングシステムの開発など、時代のニーズに即応した研究も推進しています。

現在岡山大学で進行中の主な研究テーマとして、
①  新規放射性医薬品用核種の製造・精製技術の確立
②  様々な放射性金属核種に対する新規キレート剤の開
③  がんや炎症の診断・治療薬剤の開発を目的としたイメージング標的分子の探索、薬剤開発
④  早期糖尿病診断薬の開発
⑤  機能性食品や薬剤による放射性物質内部被曝低減化効果に関する研究
⑥  ホールアウトした原子力災害関連放射性汚染物質のGREIによるモニタリングとイメージングシステムの開発
⑦  GREIの画像再構成法の確立

を行っています。

これらの研究の多くは、PETやSPECTといった分子イメージング技術の重要な開発要素である一方、複数分子同時イメージングGREIにも応用可能です。作成した化合物・疾患モデル動物のイメージング実験は、理化学研究所にある複数分子同時イメージング装置GREIやPETなどで行っていましたが、平成23年度からは岡山大学鹿田キャンパス内で、産業創成に繋ぐ産学官共同研究拠点施設として「おかやまメディカルイノベーションセンター(OMIC)」が稼動し、岡山大学内でPET、IVIS(発光・蛍光イメージングシステム)、CT、SPECTなど様々なモダリティーのイメージング実験も可能になりました。

2.金属輸送の生命科学(メタロミクス)

posuta4オミクス(Omics)研究は、最先端の分析・計測技術を用いて、研究の対象物を網羅的に解析し、得られた情報から生命活動を統合的かつ包括的に理解するものであり、その中でも「メタロミクス (Metallomics)」は、生命活動における微量金属元素の機能と役割を統合的に理解することを目的とした、新しい研究領域です。生体内の微量金属元素は、遺伝子発現、シグナル伝達、さらには種々の代謝反応に関わるタンパク質・酵素に含まれ、この元素の化学形態や含有量により生理機能に大きな影響を与えることから、微量金属元素の観点から生命現象を紐解くことが、我々に新たな事実を与えてくれます。また、メタロミクス研究は微量な試料からの微量金属元素の同定や、個体中での化学形態および分布などを多元素同時に解析するため、新たな分析技術が必要とされています。わたしたちの研究室では、亜鉛やマグネシウムなどのさまざまな生体微量元素の生理機能発現における役割や、金属輸送のメカニズムの解明を目指して研究を行っています。

・細胞内シグナル伝達における亜鉛の役割

シグナル伝達は細胞増殖、分化およびアポトーシスなどの機能に関わり、生物が生存する上で必須のシステム系です。近年、樹状細胞やT細胞などの免疫担当細胞において、細胞内の亜鉛とシグナル伝達の関係が明らかにされ、亜鉛がシグナル伝達分子として働くことが知られています。しかしながら、B細胞と細胞内亜鉛との関係についての知見は少なく、未だ明らかにされていない部分が多く残っています。

そのため、わたしたちの研究室では細胞内の亜鉛とB細胞シグナル伝達との関係を明らかにすることを目的として研究を行っています。亜鉛は主に、亜鉛トランスポーターと呼ばれるタンパク質に輸送されて細胞の内外を行き来しているとされており、これらの亜鉛トランスポーターをノックアウトしたニワトリDT40細胞を用いて、細胞内シグナル伝達におけるリン酸化について解析を行なっています。現在までに、ゴルジ体に局在する亜鉛トランスポーターのひとつであるZip9が、B細胞シグナル伝達に深く関与していることを明らかにしています。本研究は、理化学研究所CMISおよび京都大学大学院生命科学研究科との共同研究です。

・マグネシウム欠乏による心臓疾患の発症とイメージング

昨今、心疾患や生活習慣病等において、疾患発症と生体内金属元素濃度の恒常性破綻との関連性が注目されています。中でも、心疾患発症とマグネシウム濃度は重要視されており、心疾患患者における血清マグネシウム濃度の低下等が報告されています。しかしながら、心疾患発症時においてマグネシウムを制御する分子等に関する分子生物学、生化学的知見は、十分には見出されていません。そこでわたしたちの研究室では、心疾患発症とマグネシウム制御分子の関連性を解明することを目的として、マグネシウム欠乏モデルマウスを作製し、心臓の形態学的観察と心臓における遺伝子発現の解析を行っております。現在までに、食餌中のマグネシウム欠乏のみによって、心臓のミトコンドリア膜構造異常、および心筋繊維の構造異常が生じることが明らかになり、マグネシウム欠乏において発現が変動する遺伝子に関してDNAマイクロアレイによる解析を進めています。本研究は理化学研究所CMISとの共同研究です。

・糖尿病早期診断薬としての亜鉛錯体のダイナミクス研究

現在、糖尿病の患者数は増加の一途をたどっており、新しい糖尿病治療薬の開発が望まれています。一方で、生体内における亜鉛の機能のひとつとして抗糖尿病作用が知られていますが、亜鉛の吸収効率が悪く糖尿病治療薬としては用いることができないため、脂溶性の増大による吸収効率の上昇を目指した亜鉛錯体の開発が多数進められています。現在までに様々な亜鉛錯体が開発され、なかには有効な抗糖尿病作用を示すものが報告されていますが、亜鉛錯体の作用機構は不明な点が多く、実際に亜鉛が主としてどの臓器へ作用しているのかを解明することは重要な課題となっています。

そこで、わたしたちの研究室では、亜鉛錯体の作用機構の解明を目的として、血糖降下作用と各臓器への移行性との関連について複数分子同時イメージング装置GREI (Gamma-Ray Emission Imaging) を用いて検討を行なっています。現在までに、血中の亜鉛錯体と亜鉛イオンでは、臓器移行性に違いがあることを明らかにしています。本研究は理化学研究所CMIS、および京都薬科大学との共同研究です。

3.アミノベンゾピラノキサンテン系 (ABPX) 蛍光色素−固体状態で蛍光を発する革新的発光性材料

効率良く光エネルギーを吸収・放出する性質に優れた色素は「機能性色素」と呼ばれ、種々の産業分野を支える基幹材料として認識されています。特に炭素、水素や酸素などのユビキタスな元素からなる有機系蛍光色素は、経済的な波及効果も高い発光性材料です。しかしながら、色素分子の溶解性の低下による凝集体の形成やそれに伴う濃度消光は、従来の有機系蛍光色素に共通している抜本的な問題で、様々な分野に色素を応用する上でハードルとなっていました。

特にπ 電子共役系構造を有する蛍光色素が濃度消光を起こさず、凝集状態で蛍光を発するものは非常に少なく、これをシンプルな化学構造かつ、製造方法で実現することは困難な要求でした。わたしたちの研究室が開発に成功したアミノベンゾピラノキサンテン系色素 (ABPX) は、濃厚溶液や凝集状態で鮮明な蛍光強度を有する全く新しいπ 電子共役型蛍光色素です。有機物から作られるABPX はレアメタルのような資源的制約がなく、安価に製造できることから、環境負荷の少ない工業材料・技術で、その特徴的な蛍光特性を生かすことで、幅広い分野の技術イノベーションの創出に寄与できる発光性材料となります。

4.人工固体酵素の開発

水溶性金属ポルフィリンを固定化した担体が、ペルオキシダーゼなど種々の生化学検査に必要な酵素様機能を示すことを見つけ、人工固体酵素を開発してきました。また、これらの機能のメカニズムを担体表面の金属ポルフィリンや溶液中の金属ポルフィリンの共鳴ラマンスペクトルを比較することにより検討しています。